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短報・コラム:住民参加型地域開発マネジメントにおけるカタリストの役割
―嶺岡牧再生活動のケーススタディ―

3.嶺岡牧再生活動におけるカタリストの役割
嶺岡地域再生の推進システム

嶺岡地域再生の推進システム
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 まず研究者は自らを「外部カタリスト」として位置づけ、組織の中にスチュワードとなる「内部カタリスト」を形成する。それを推進するカウンターパートの役割を千葉県酪農のさと(現在は(株)ちば南房総による指定管理)の副所長や千葉県畜産総合研究センター嶺岡乳牛研究所の所長が果たし、全面的なバックアップ体制を構築している。

 そして、外部カタリストは、適宜、内部カタリストに対して助言を行い、内部カタリストが地域住民を先導し、問題解決のための活動を行うことを目指す。なお、カタリスト(catalyst)とは「触媒」を意味する言葉であり、ここでは活動を促進させる主体のことを指す。

 内部カタリストには、森林組合長や区長など、柱木牧跡の山を生活の場とする地域住民がなり、嶺岡柱木牧再生を梃子とする嶺岡地域の自立的再生に向けての活動の輪を広げている。

 こうした内部・外部カタリストの役割を踏まえた住民参加型による「嶺岡牧再生活動」においては、地元自治体以外の上記の行政機関が関わっていることが大きな特徴・ポイントとして指摘できる(注4)。行政は、あくまでも住民が活動を円滑に進展させるための「サポート体制」を作ることが重要であり、そのことによって、住民と内部カタリストとの交流が活発になり、自主的な展開が促進されやすくなる。

 日本酪農発祥之地である嶺岡牧は、この地域の「誇り」である。嶺岡牧再生活動は、地域の誇りを取り戻し、再生する活動でもある。こうした活動に対して地元住民は、確実に呼応してきている。まさに、先述の森林組合長による自主的な山頂整備の実施などは、その大きな兆候の一つとして見做すことができる。

 現在、数名の研究者(東京大学、日本大学)は、筆者(農政調査委員会)を含めて外部カタリストとして現地に入り、上述のような内部カタリストとなり得る主体に刺激となるような助言を与え、住民参加型地域開発マネジメントを試行しているところである。研究者も、地元住民と一緒になって汗をかき、現場を動かしていく「計画実施主体」としての役割を果し得るのである。

 このような、研究成果を地域に生かす地域密着型の研究姿勢を意識することは、多くの社会科学研究者が抱く願望でもある。従来型の行政システムから脱皮し、実際に計画実施主体として研究者らが現地に入り、確実に「現場を動かしている」との実感を、地元住民とともに共有できることを喜びとするような地域開発マネジメントを遂行していくことが重要になっていると考える。

 産業遺跡である嶺岡牧の再生活動は、「文化」と「産業」と「絆」との結合による、新しい挑戦的な取り組みである。嶺岡牧再生活動は、山林・耕作放棄地の整備・有効活用による鳥獣害解消、安房地域の乳食文化を生かした6次産業化による地域活性化、ひいては安房酪農・日本酪農の見直しなどにもつながってくるオルタナティブな取り組みであると考えられる。また、こうした取り組みを軸として、地元の観光政策やまちづくりそのものが、地元自治体において見直されることが期待される。さらに、里山を有する他の地域においても適応されるようなモデルづくりをも視野に入れつつ、これからも住民と内部・外部カタリストの交流による地域開発マネジメントの模索は続いてゆく。


(1)佐藤奨平「日本酪農発祥之地「嶺岡牧」の今日的意義(前編後編)」財団法人農政調査委員会ホームページ、2013年2月を参照。

(2)なお森林の多面的機能については、日本学術会議「地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について(答申)」(2001年11月)が次の諸点を指摘している。すなわち、①生物多様性を保全する機能、②地球環境を保全する機能、③土壌の侵食を防止し保全する機能、④水源を涵養する機能、⑤快適な生活環境を形成する機能、⑥都市民への保健休養、レクリエーション機能、⑦文化的な諸機能、⑧国内木材生産・バイオマス生産と安心などである。

(3)柱木牧の現地調査結果を紹介する最新のパネル展示については、房日新聞「柱木牧調査結果を公開 酪農のさとでパネル展示 南房総」2013年3月14日を参照。

(4)嶺岡牧再生活動の途中経過については、2013年度日本農業経済学会大会(東京農業大学、2013年3月30日)において、佐藤奨平・田崎義浩「千葉県安房地域の住民参加型マネジメントのプロセスと課題―南房総市・鴨川市における嶺岡牧再生活動を中心として―」として報告した。同報告の内容については、別途学術誌に投稿中である。


付記:

現地での調査・活動に際しては、農学生命科学研究支援機構「調査に対する活動経費の助成」より支援を受けました。記して感謝申し上げます。

(研究員・佐藤奨平)

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